ツールド沖縄レポート5
右車線のガードレールに移動しながら、『まさか、これで終わってしまうのか。1年かけてやってきたことがこれでおしまいなのか…。何と言えばよいのか…』、越していく集団に笑顔をつくり『がんばってください!』と言いながらも、頭の中は混乱していた。
それから130㎞の青ゼッケンの集団を2グループ見送り、とうとう200㎞の緑ゼッケンの集団がやってきて…。3グループ見送った…。200㎞のある方から『パンクですか?水余ってない?』と言われたときに、なんの躊躇もなく『ここにありますよ~!』と言っていた。結局、タイミングが悪く渡せなかったが、止まってから10分も過ぎ、自分の中では完全にこのレースをあきらめていた…。
現在スタートから約31㎞地点。すでに、スタート後1時間から刻一刻と過ぎている。高江まで、あとおよそ60㎞…。高江の関門はスタートから3時間後に閉まる…。最悪としてみて、あと1時間30分…時速40㎞平均…。とても無理だ。
そこに本部の車が来て、若い人が降りてきてくれた。『パンクですか?前ですか、後ろですか?』 『ま、前です!前の10速です!』(10速は関係ない。だいぶ混乱している。)
すぐホイールの交換をすませ、その若い人は私の背中を押してさえくれた。坂であったので、助かりました。ありがとうございました。
しかし私の中では、もう無理っぽいなあ。これからもう一度普久川ダムの上りを越えるのかあという思いも正直に言えばあった。
一度切れたスイッチを、もう一度つけることは本当に難しいと感じた。
とりあえず、前を追いかける。しかし、なかなか追いつかない。奥の集落に入り、応援してくださる人の顔が目に入る。去年宿泊させてもらった宿のご主人もいたような気がした。
ようやくスピードに乗ってきた。何人かをパスしていく。
そこに後ろから200㎞組の集団がやってきた。たぶん第四集団くらいだろう。200㎞組は例年完走は150人くらい。だとしたらこの集団の良くて半分くらいが完走するかもしれない…。この集団になんとかついていければ…。と一瞬考えたが、やはりついていくのはやめた。
その理由はモチベーションが低下していたこともあるが、それよりも大きかったのは、このチームジャージを着ていたこと。ボスをはじめチーム員全員が、私をチームの代表として送り出してくれた。
ツールド北海道の前にも良く言われていたのは、他のクラスの集団に乗ったり、他のクラスの試合に影響させるようなことをしてはならないという教えだった。また、きちんとローテーションをして、きれいなレースをしろ!ということだった。チームのボス、リーダー、魔神さんと言われている方をはじめ全員が、レースを楽しみ、レースをできればつくり、積極的なレースをしようという雰囲気で満ちあふれている。
(ちなみに私とは全く次元が違うが、今年の市民200㎞のレースでもいろいろな事があったらしい。→http://blogs.yahoo.co.jp/ovestboss12/51246680.html#51320937
この店長さんは、うちのボスに良く似ている。きっと勝ち負けの前に勝手に体が動いたのだろう。結果勝てなかったが、確かにレースを作ったのはこの店長さんかもしれない。やはりほんものはすごいと思います)
ほとんど一人で奥のアップダウンを走り海岸線に出た。ここで同じ130㎞の方と、二人で走っていたときに、どこからか200㎞組の方一人が合流してきた。自然と3人でローテーションをして走ったのだが、この200㎞参加の方は先頭になった瞬間に踏むのをやめ、首を下げてしまうことを繰り返す。『大丈夫ですか?限界ですか?』と精一杯の皮肉を言ったが、皮肉だと受けとってくれなかったらしい。その後も後ろについた瞬間に踏み出すを繰り返していた。ローテーに参加しないのなら、なぜ先頭になるの?先頭になって苦しいのなら、なぜ車線変更をして後ろの人に譲らないの?たぶんこういう事を日常でも繰り返しているのだろう。おかげて追い風にもかかわらず、しばしば時速30㎞台にスピードが落ちてしまう。やはりロードレースは全てが出るものだと思う。だからおもしろいのかもしれませんね。
そういう私も目先の事でいっぱいになり、情けないことをやってしまうかもしれない。そのときは、どうかビシッと叱ってください。
そうこうしているうちに、また200㎞組の集団がやってきた。総勢30名ほどだろうか。
130㎞組も3人ほど混ざっている。しかしここでタイミング良く(悪く?)普久川ダムの上りに入る。急速に集団がばらける。前に5人ほどが集団で先に行き、あとはバラバラ。私は前の5人と少し離れ6番手で上りだす。左側には、本当に苦しそうな人たちが必死になって上っている姿があちこちに…。声をかけながら、私もがんばって上る。(がんばっていたつもりだったが、あとからGPSを解析すると、1回目の同じ上りから6分も遅く、前日の試走のときよりも15秒ほど遅かった。しっかりと手を抜いていたらしい)
その後の高江までのアップダウンは、体はまだまだきつくなかったのだが、精神的にはかなりきつかった。なぜこんなことをやっているのだろう。本当にレースは楽しいのだろうか。このコースは、本当にきついコースだ。もう走りたくないなあ…等々と。
高江で時間切れとなり失格となったときに、悔しさもあったが、正直にいうとほっとした気持ちもあった。あ~これでやっと終われるなあという気持ち。
それだけに今となっては悔しい。
今度来るときは、完走できるかどうかではなく、もう少し上の目標をもって必ず帰ってこよう。そう心に誓っています。
ありがとう沖縄!
さあ去年、今年と、ツールド千葉、ツールド北海道、ツールド沖縄と出場したので
来年はツールド能登出場で4大ツールだー!(違いますね…)
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コメント
切れてしまったときの厳しさがよくわかります。本当はもう、前を追うことは非現実的なんだけど、自分からは辞めるわけにもいかない、、、。イヤと言うほど自分の弱さやこれまでの力不足を見せつけられるもんです。でも、、、沖縄に参戦、、、いいなあ、、、。
投稿 P-muto | 2007年11月21日 (水) 20時19分
p-mutoさん。2年後にいっしょに行きましょう!
投稿 asunaro | 2007年11月22日 (木) 08時03分
ちょっと遅レスですが・・・ovestbossさんの所見てきました。レースのマナー、ルールとは違う自分の判断で、ある意味自由に解釈できて実行するのも個人の判断・・・とても難しい問題ですが、それにこだわれるasunaroさんは素晴らしいと思います。次元は全然違いますが、僕もブルベの中で引く余力の無い時は集団に入らないことにしています。だから基本的に一人旅なんですよね(泣)でも、annyanさんのように一人で1000km走り切れる力・・・それが当面の僕の目標です!!
投稿 こうたん | 2007年11月23日 (金) 17時31分
こうたんさん。今日は。先週の金曜日から旅行で昨日帰ってきました。遅い、返信ですいません。こうたんさんも熱いですね~。
上記の問題は、どうしても言葉が足りなくなってしまうのですが、例えば先頭の大集団にいた場合は、ローテーはせいぜい5~6人ほどということが、よくあります。それはそれで良いと思うのです。しかし先頭から少数の逃げ集団が出たときには、その中でローテーをするのが、マナーとされているようです。それを一人でもしないと、集団が疑心暗鬼になったり、けん制しあい、後方集団に飲み込まれてしまうという結果になりやすいようです。しかしルーツドフランスのようなプロの世界でもそういう場面があるので、これも個々の考えや、逃げ集団の中のお互いの人間的相性に関わってくる問題のようで、それも含めてレースだということもできると思います。だからおもしろいのだと…。
ブルベは、順位を競うものではないので、私は一人が先頭を長く引いても良いと思います。またはローテに参加しなくて後ろにつけていても良いと思います。今の自分の体力におうじて冷静に判断するのも、ブルベにおける力だと思います。ブルベは単に体力だけではなく、長距離を完走する総合力が必要だと思うからです。
私は、原則、競技中にローテーに参加しなくても、その人に対してあまり批判はしたくないのですが、しかし先頭に立っておきながら、やはりダメでしたと後ろの人が動くのを待っていて(先頭に立つということはその集団をある程度指揮することと習いました)、しかも後ろにいった瞬間にまたがんばるというのは、どうしても?です。本人が体力的に限界でそうしているのか、それとも作戦でそうしているのかは、一緒に走っていたら、なんとなくわかるものですよね。
投稿 asunaro | 2007年11月27日 (火) 07時55分