春。別れのとき。
自宅の床。無垢の板です。お金が全くないときに、贅沢にも合板ではなく本物の板にしたのには理由があります。
あの時を忘れないように…。
いつか紹介したように、私の第二の故郷は大鹿村。その村のただ一つの中学校の大鹿中に私は新卒として赴任していました。当時の私は、早く一人前になりたい、一流になりたいという気持ちで、ギラギラとしていたと思います。
前任の学校長にも、当時の学校長にも、あと1,2年残って、この学校のためにやってくれないかと言われました。職員数が少ないところで、ちょうど定年退職される先生もいたりして、その中学校に2年以上いる先生が誰一人残らないのではないかという状態だったのです。
私は、そのたびに断っていました。自分は、浪人もして大学時代に留年もして、それでなくても人よりも遅れている、何とかとりかえしたい、この中学校では教科指導の勉強はできても、生徒指導の勉強はできないと、正直思っていたのです。それだけ、素直な子たちが多かったのです。もっと厳しいところにいかないと、自分はダメになってしまうのではないかと、偉そうに思っていたのです。
しかし、はれて異動が決まった後には、後悔、後悔の日々でした。私の担当は中学一年生。一年生としてただ一つの学級。この子たちをおいていくのか…。お酒を飲めば、オイオイと泣く日々でした。異動なんてやめれば良かったと。
いよいよ迫ってきて、何か自分に残せるものはないかと考えられるようになりました。当時の学校の廊下や教室は、無垢の板でした。しかもワックスもかかっていません。水など落とせば、簡単にシミになってしまいます。その二階の廊下を、いつも私は掃除のときに、気になる生徒を誘って、いっしょに雑巾がけをしていました。水をつけた雑巾を固く固く絞って、膝をつき、雑巾がけをします。一日や二日では、わかりませんが、30日たって、40日たつと、その輝きはすばらしいです。まるで鏡のようになります。その廊下のように、気になる生徒の表情も変わってきます。
私は異動の日まで、毎日遅くまで残って、自分の教室を、彼らがこらからも過ごすであろうその教室を、隅から隅まで磨く日々でした。最初はいろいろな気持ちが、入り混じって、いろいろな事を考えながら。しかし、ある時から周囲の雰囲気からも抜けだし、自分の気持ちからも抜けだし、空っぽになった自分になれました。それが本当に気持ちよかったから、やっていたのかもしれません。
そのときからかもしれません。
自分が、今いる組織、もっといえば環境や状況から何を得ることができるのかという意識ばかりではなく、自分が周りに何を与えることができるのかを考えることが大事なんだということを実感したのは。
あ~一流って、そういうことなんだな。あ~、強くなる、楽しくなるってことは、そういうことなんだなってわかったのは。
今、学習塾みたいなことをやっていて、去年の卒業生が、去年の3月に『先生、明日来ていいですか?』って聞いてきました。いつもの補習かなって思っていたら、それぞれ雑巾を持ってきて、教室を隅々まで拭きたいって言うのです。そんな事、一言も教えた覚えはありません。受験に失敗をした子もいます。それなのに、それなのに…。教室を去るにあたって、自分たちが何を残せるかって考えた、この子たちは、やはり一流なのだなと思った一こまでした。あ~、この子たちなら大丈夫。絶対に幸せになれると感じた一こまでした。
春、別れのときです。
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コメント
再び武藤です。こんばんは。
>いつもの補習かなって思っていたら、
>それぞれ雑巾を持ってきて、教室を隅
>々まで拭きたいって言うのです。
ははは。いい子達じゃないですか。私の仕事を通じて若者達に感じていること、、、それは、自分に与えられた環境の中でそれを主体的にとらえ直して自ら考え行動できること、これが大切だと言うことです。自らの責任で考え、行動できることはとても素敵です。これができる人には独特な光があります。かっこいいのです。それは年齢や性別を問わず、かっこいいのです。社会的に成功しようとしまいと、わたしはそういう人を応援したいと思います(時代が後から追いつくことってありますからね)。この点で星野さんと共通する思いがあるのかもしれませんね。
投稿 p-muto | 2008年2月25日 (月) 23時06分
p-mutoさん、今日は!そうですよね。
『随所で主となる』この言葉を大鹿で初代の学校長から頂きました。それから、その言葉を肝に銘じてきました。そうしたら楽しいのですよね。またこの子たちは、雨が降ってなくても傘を持ってきたり、きちんとオーバーをきたりしてくる子たちでした。私が学ぶことが多かったですね~。
投稿 asunaro | 2008年2月26日 (火) 08時29分