いいわけをつくらないこと1
今日、トレーニングを途中でやめた。
膝が痛かったこと、携帯電話を忘れてきたこと、それからプライベートなこと と理由になりそうなものはあるが、すべていいわけ。
理由はなんとなく、気分が乗らなかっただけかもしれない。今週残り2日で1日は負荷をかけなければ全ていいわけかな。
プライベートなことで今週はかなり精神的に追い込まれていたので、意地でもトレーニングをしないいいわけにしたくなくて、逆にはりきってしまった。月、火、木と追い込み、さすがに今日はやぱいかなとやめた。
プライベートなことというのは、2年ほど前の仕事帰りに、後の車にあおられ、パッシングされ、最後には車ごとぶつけられた。その人の職業はなんと歯科医院を経営されている歯医者。週末に札幌に来て、倶知安町に帰る途中だったらしい。人の命まであずかるかもしれない人がという気持ちが、当時は強かった。結局は刑事事件にするのはやめる判断をこちらがしたのだが、その後、当人からは何も言ってこない。かわりに保険会社や最近ではあちらの弁護士までが逆にこちらにプレッシャーをかける。私は謝罪をしてほしいと言っているだけなのだが、それすら満足にしない。その対応だけで、かなり精神的にきつかった。交通事故の専門家にも相談をしたら、これが弁護士の常套手段なんだと。普通はこんなプレッシャーをかけられたら、すぐに示談にするのが普通だと逆に感心された。私だってわかっている、そんなにがんばっても、何の得にもならないことは。言っても分からない人には、何を言ってもわからないなんてことは。
私も、昔はずっと事を荒立てない、人に気をつかう人だった。しかし、それが変わったのは、先日の6日に書いた時期がきっかけ。私が取り組んだ係は、同和教育。その学校は部落差別に真っ向から向かい合う取り組みをしていた。私には忘れられない女生徒がいる。その子は自分の親には『なぜ、私をこんなところで生んでくれたの』と言い、私には『先生、なんで私だけが部落の勉強をしなくちゃいけないの』と泣きながら訴えた。その子に私は、出身表明をさせた。おそらくその時期にそれをしたのは、全国的にも彼女一人だろう。私は彼女に闘えと言ったのだ。私だけがおりるわけにはいかない。闘うときには闘わなくてはいけないのだ。言うべきときには言わなくては。
過去に何人もの若人が、部落差別で自らの命を絶っている。
子を死なせないための教育というものもあるのだ。
今週末は、一大イベントがまっている!
今から楽しみです。
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コメント
ドキッ…自分の中で言い訳を作る…まさに僕のことです(滝汗)
同和問題、僕の出身地でも大きな問題として根強く残っています。そして北海道ではアイヌ問題。幼少の頃に垣間見た人種差別。どうして人は自分を強く(偉く)見せるために人を貶めようとするのか…悲しい現実です。精神的に未成熟な子供に間違った(偏った)考えを刷り込む大人がいることを残念に思います。
投稿 こうたん | 2008年2月 9日 (土) 15時06分
ずっと心の中にしまい込んでいた闇に、いきなり踏み込まれたような・・。大学が名古屋だったこと。友人に同和問題で戦っていたのがいて。別な友人の彼女が都市の中の部落出身で。後輩の友人が朝鮮人で部落に住んでて。それからその頃付き合っていた彼女が岡林信康の「手紙」を教えてくれて。一時期ですが、この国は腐っていると荒れていた時期があったような?鼻孔にかすかに血のにおいが漂ってきそうで怖い。
こりゃしばらく落ち込みそうです。明日は久しぶりにMTB通勤であせ流して、今出来る事を考えます。
投稿 mitikusa | 2008年2月 9日 (土) 22時41分
>こうたんさん
そうですよね。知らず知らずのうちに身についてしまいますよね。私も昔、朝鮮出身の大学の後輩の前で、自然と朝鮮人に対しての蔑視の差別用語が出てしまい、たいへん恥ずかしい(それ以上の感情も)経験をしました。
>mitikusaさん
すみません。私もこういったことを自分のブログで書くべきか、ずっと迷っていました。(今も)でも、いつかは書かなくてはと思っていました。人から与えられたものを、また誰かのために伝えなくてはという気持ちです。
しかし私は、部落に対してマイナスイメージだけでなく、憧れに近いプラスのイメージも、もっています。そんな人たちと、たくさんつき合わせていただきました。この女生徒もそうです。この子の感性に、私は舌を巻きました。子をなめちゃいけないなと本当に思いました。人の強さや賢さやたくましさを、学びました。またそんなことを紹介させてください。
投稿 asunaro | 2008年2月10日 (日) 12時04分
「同和教育」という言葉。
恥ずかしながら知らずに三十数年生きてきました。(今WEBで色々読み漁りました。)
自分にできることを精一杯やろうと、強く思いました。
これからもご指導、お願いいたします。
投稿 TAK | 2008年2月12日 (火) 13時29分
今晩帰ってきて、遅レスお許しください。
>TAKさん
私も同じです。北海道出身ですから、同和教育を勉強させてくださいと、就職したときに学校長に言ったら、誤解されて同和教育主任となり、それからはその専門となってしまいました。私も学校にある本を読みあさりました。そのときに本にのっていた差別事象の体験談を書いた女生徒の妹が、上に書いた女生徒でした。私が一番心を動かされたのは、その母親が、『この子には強くなってほしい』と言ったことでした。そんな出身表明などさせるべきではないと思っていた、私のちっぽけな優しさを打ちのめされました。親って、すごいです。
投稿 asunaro | 2008年2月12日 (火) 23時21分