注文の多い料理店
注文の多い料理店にはなりたくない。これが自営をやろうとしたときの方針で、今まできている。
例えば、まず規則ありきの場所をつくりたくないということ。そういう場所が多すぎると思っている。主体性とか生きる力とか言っておきながら、規則をまず出して、くぎを差すような場所がいかに多いことか。そういうのを目にすると、なにか逆に実力のなさを感じてしまう。
そういう私も、規則をつくりたくなる誘惑に、ときたま襲われる。常識をはずれたような人に、散々かき回され、去っていかれたようなときに、特に思う。しかし、それをしたら負けのような気がして思いとどまる。
自分が傷つくのと、まともな場所をつくるのと、どちらが大切か。後者を選びたい。
もっと単純に言って、自分の都合を先に言うのではなく、相手がどういう都合なのかを聞ける機会をつくることが大切だと思っている。なんとかして、その相手の願いによりそおうとすることが大切だと思っている。
当たり前のことですよね。それでお金をもらっているのだから。
偉そうなことを言っているが、当たり前のことですよね。しかしそれができていない場所も多すぎるような気がする。
例えば九州の旅行で体験した長崎のホテルだとか。そんなたいそうなホテルなのか。ホテルの何を守ろうとしているのか。勘違いをしているとしか思えない。
頭を下げることや、よりそう事が、自分(組織)をなくし、威厳をなくすことだと思っているのなら、実力がなさすぎる。ほんとうの威厳はそんなものではない。
そういえば、過去にこんな事があった。
私の学年に、学年主任のかなり厳格だと思われている先生がいた。その先生が担任をしていたクラスは、その先生に絶対服従のような雰囲気があった。しかし学年集会では、その先生が何回厳しく言っても、集会がはじまる時間が数分遅れる。体育館に集まる時刻が遅れるのだ。そのたびにその主任先生が厳しく指導するのだか、なかなか良い結果にならない。半分以上、私たちその他の担任の先生の責任というのもあるが…。
そこで、生徒会主任の私が、次回の学年集会の指揮を命じられた。ここで私も少し、いたずら心が働いて、少し動いた。私がやった事は、各学級長と生徒会長、副会長を呼んで、話をしただけ。『ちょっと、やってやらないか?』と言っただけ。結果は、はじまる5分前に全クラスが集まった。生徒はバカにしたものではない。ちゃんと見ている。口先だけじゃなく、自分たちのためにどれだけの事をやってくれた人なのか知っている生徒、そして自分たちが本気になったらどれだけの事ができるのかを知っている生徒は、確かにいるのだ。
この子(人)のために、自分はいったい何ができるのかを考えること。
威厳というのは、その過程でできるものだと思う。
あ~この人は本気だと思わせたら、規則などなくても、きちんと収拾はつくと思う。
なんでも本気になること(本気のように見せること)=すぐむきになること(むきになっているように見せること)
これは私の職業病だから許してね。(^_-)
| 固定リンク
「教育」カテゴリの記事
- 変化をのぞむか(2008.07.19)
- 楽しくならないコツ(2008.06.21)
- みんな元気しているかい?(2008.06.13)
- もらっているという意識(2008.04.23)
- 対策あって教育なし(2008.04.11)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501785/40679262
この記事へのトラックバック一覧です: 注文の多い料理店:

コメント