ただひたすらに

今晩、ようやく帰宅できました。
現在、追い込みの時期で、子たちがひたすらに取り組んでいます。
自転車の方も細々とやっていますが、意識の上では、しばし休憩です。
私のなかで一流という言葉を使ったりしますが、そのルーツを今晩ふと思い出して、インターネットで検索してみますと、上の画像が出てきました。
そうです、長野県の毛涯 章平先生のお言葉でした。一番よりも一流をめざせ。
「一位になるのは一人だが,一流には誰でもなれる。常に一流になろうと努力することが大切だ」という毛涯章平先生のお言葉です。
今の私の基礎を築いてくださった方でした。罰当たりにも、忘れていました。
その毛涯先生のお言葉だったと思いますが、そのなかに
『熱願冷諦』という言葉があります。
これは、私のなかでも常にある言葉ですが、現在でもなかなか良い具合にはいきません。
熱願が強すぎると、かえって物事が見えなくなってしまったり、人に対しては裏切られたと感じたりしてしまいますし、冷諦だけですと真実に迫ることが難しくなったり、最後のふんばりがきかなくなってしまいます。
もっぱら現在は、自分の夢や目標に対しの、過程においては熱願し、その結果に対しては冷諦するという心構えで使っています。
自信をもてるようになること、楽しくなることは、過程においてやりきることだけで十分に達成可能だと思っているからです。
また他の人に対しての自分の心構えとして使っています。
来る者は拒まず、去る者は追わずという意味合いが強いです。人とあたるということは、流れる川に字を書くようなものだと言った方がいます。本当にそうだと日々実感します。わずかな可能性を信じ、ただひたすらに実践します。普通の人からみたら狂人でしょう。
しかし、ただひたすらにやっていると、ときたま驚くようなことがおこります。
効率性や合理性ばかりを考えている人には理解してもらえないでしょう。
公よりも民が良いように、世間ではキャンペーンをしていますが、私はある面では間違えていると思っています。
今は私も民にいますが、公の教えは忘れてはいません。
脱線してしまいました。
ただひたすらに…
今でいいますと、ひたすらにやりきろうとしている子たちがいます。
もう進路が決まっている子ですら、現在自分で自ら目標をたて、厳しいところに自分を追い込み、いっしょになって勉強をしている子がいます。ほんとうにすごいと思います。
正直、過去に何百人以上も子を見てきて、今の数人の子たちのほうがすごいと感じています。
う~ん、私も幸せです。
『ただひたすらに、やりきること』
子たちの方がすごい。(^_^;)
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