心と体

2008年5月11日 (日)

違った自分に出会いたい2

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誰?

3年前の自分です。penguin

昨日は、豊平川のサイクリングロードから高岡の練習コースをまわってきました。
今日は、石狩湾新港をインターバルトレーニング。

最近、回復力が目に見えて落ちてきている。調整がますます難しくなってきています。

ぼちぼちといきましょうか。

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2008年4月12日 (土)

弱気こそがたいせつ

今日、ある方に自転車に誘われた。しかし雨で中止。残念。

話は変わって
この2、3年『自分も学習塾をやりたいのだが、どうしたら良いのだろう』と相談されることがある。私のとこみたいな弱小塾に聞きに来るなんて、よほど個人経営がめずらしいようだ。
大手の学習塾をやめた方、もと学校の先生、定年退職された方、など様々。
基本的に、やめた方がよいですよと言わせてもらっている。

考えてもみてほしい。お店でいえば、これだけコンビニという大手のチェーン店があるところに個人経営の個人商店を開店させるようなものだ。個人商店をやめてコンビニになることはあっても、逆は見たことはない。

同じ職種だといっても、大手と全く違うことをしなければ(まねができないことをしなければ)生き残ることはできないだろう。
私は大手の塾をライバルだとは思っていないし、全く意識すらしていない。
(相手もこちらに対して眼中にないだろうし(^^;))

それでも成功する秘訣を聞かれることがあるが、
『弱気こそがたいせつ』だと答えることが多いです。

経営者と現場が同じ場合は、独善的になりやすいです。それが致命傷になる場合が多々あると思います。
全体を見る目。いつでも修正をする弱気さと実行力。

これは教師としても大切なことだと考えています。
相手の前では自信満々な言動をしていますが、終わった後は毎日思いだしている。
『あのとき、あんな顔をしたがどんな気持ちだったのだろう』
『あのやり方は間違っていなかっただろうか』
『こんなことで良いのだろうか』等々と
弱気で、神経質で、優しくて、人に奉仕することに喜びを感じていて…

ふだんの私からは想像もできない部分ですが。
ふだんの私は、明るくて、厳しくて、強引で と見られることも多いだろう。
そのため、あんな独善的な個人経営の塾はすぐつぶれるだろうと思っていた方は多かったと思います。

しかし7年目の今、逆に入ってくる子は増えています。なぜなんでしょう?

『学校に行けていないけれど、先生のところにだけは行きたいって子が言っている』という保護者の方。しかし私は、その子に怒ってばかりいる。ダメだしばかりしている。なぜ?って私の方が不思議に思う。その保護者の方も『失礼ですけど先生、どうしてなのか私も不思議なんです。でも子がほめてくれるって言うんです。先生がいるから行きたいって。』その言葉を聞いて私も??。結局は、その子、個人を私だけが見ようとしているということだと思います。
この子を生かすためにはどうしたら良いかという視点だけでつきあう。主体性を絶対につぶさない。悪いことをしたから怒るのではなく、(逆にほめることも多かったりして。)自分がどうしたいか言わないから怒っているのだ。何も意志表明しないと怒る。補習に来ないと怒る。これってすごく難しいことらしい。私はふつうですが。他の人は、例えば意思表示をする子をときには、生意気だと感じるのでしょうね。子の提案を、いいかげんだとか、その願いをかなえることをめんどくさい、いちいち聞いていたらやりきれない、場が乱れると思うのでしょうねえ。しかし、この先生は違うって、子の方が先に気づき表情が変わり積極的になり、大人の方が不思議に思っているままということが大多数です。(大人には私は自分からは説明しませんから。基本的に私は大人は、すでに自分の価値観をもっていて頑固だと思っていますから。そこに労力を使うことを私はしません。もちろん聞いてきてくれれば、誠心誠意説明します。しかし基本的に子の変化で理解してもらうようにしています)子は直感的に物事を判断するが、大人は理屈で判断することが多いですから。はじめは、あんなに勉強が嫌いだった子が、なぜ自分から電話をかけてまで補習に行こうとしているか理解できない保護者の方が一般的です。それもあんな厳しい塾が…と思っているのでしょう。(^^;)
その後、保護者の態度が180度変わることが、いつものパターンです。

話が少しずれてしまいました。実は謙虚で弱気な心。これを持ち続けることができれば、何事も成功する確率が高くなるのではないでしょうか。

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2008年4月 2日 (水)

札幌名所

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今日の仕事の合間に、大倉山シャンシェへ。階段で上までのぼって。椅子にばかり座っていると腰が…。

いよいよ雪も少なくなり、ジャンプ台もおしまいかと思われるかもしれませんが、
これからがシーズンイン。
最近は、札幌の観光名所。リフトを使って上までのぼれます。上から見下ろすと、ほんとに迫力があります。札幌を眼下に見る景色もきれいです。夜景はもっと。
ここには、スポーツミュージアムという建物もあって、中でジャンプの疑似体験もできたりします。お子さん連れだと、楽しいです。

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2008年3月 3日 (月)

人からの頼みを断るな

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帰宅途中の車で、カンブリア宮殿というテレビ番組の音声だけを聞いていた。
ゲストは、丹羽 宇一郎氏。
とても共感できることが多かった。
(生意気な言い方だが)その行動や感性が似ている。
この方は、人をどうしたら動かせるか、やる気にさせるかを知っている。それも理屈のレベルを超えて、自分の感性や仕事観、もっといえば人生観にまで高めるなかで自然とできるところまできている。全くその影さえ見せないが、リーダーとしてかなりの努力をされてきたのだろう。巨大な器まずありきで、そこに自分をあわせることにより大きな実力をつけてこられた方という印象を受けました。
そうでなければ4000億の負債をかかえた企業を立て直すことなどできないのでしょう。

私の父の言葉を思い出した。
『仕事についたら、仕事の要請を断るな。人の嫌がる仕事をすすんでやれ』

この教えを従って、私はひどい目にあってきた。

本当に冗談ではなくて、引っ越しのときに、とりあえず玄関に置いたダンボールが2年後にその家を出るときにそのまま玄関にあった。2年間、ずっと玄関に梱包されたままおきっぱなしだった…

ふん、ひでかったぜ!

だけどそのおかげで今、食えているんだけど。

ほんとくさくて書くのはいやだけど、人にとって誠実さは最大の財産かも。

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2008年2月20日 (水)

スキー

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最近、腰痛に風邪そして膝痛の三重苦です。ここから何とかはい上がるのじゃー。最近の自転車のトレーニングは、メディオやソリアのレベルを意識しながらトレーニングをしている。去年は回復HRがほとんどだったので、今シーズンはそこに、いかに積み重ねていけるかだと考えています。

さて、テーマはスキー。学生時代に本州にいました。そのときに必ず聞かれたのは、出身はどこですか?ということ。北海道ですと言いますと、その後のリアクションは、ほとんど決まっていました。
『すごい!』  (何がすごいの?)
『スキーがうまいのでしょ!』  (今いる所だって長野県でそう変わらないじゃないか~?)
『お酒強いのでしょ!』  (なんで?ようわからん…)
等々。

それに嫌気がさし、学生時代、友達とスキーをしに行くと、必ず最後の方で滑っていました。

一度同じサークルの男性と女性、数人とスキーをしにいきました。この女性の人たちと私は、同じサークルでもほとんどつきあいがありませんでした。2年近くたっていても私は一言もその人たちに話しかけたことがなかったと思います。私は昔から、主体的でない人は苦手で、つい遠ざけてしまう悪い癖があります。今でも私の周りにいる子で、やる気がなさそうな子がいると、つい『だったらやめたら…』と言ってしまいます。(^_^;)
今考えると、そのサークルの同期は、男性30人以上に対して女性3人でしたから、その女性3人が受け身になってしまうのもしょうがなかったのかもしれません。
とにかく、他の男性から頼まれて、しょうがなく私が企画したスキーでした。
その中でも、なれなれしく私に『スキーを教えて!』と言ってくる女性、Y子がいました。
めんどくさいので、スキーに慣れるためには、直滑降が大事だ、直滑降をしてごらんと言ったら、本当にY子は直滑降をして、100メートル以上滑って、豪快に転びました。
『スゲェ~』もしかしたら、ただ者じゃないかもしれない…

その後も、一番最後から滑る私の目の前を、Y子は何回も横切ります。何も、そんなに真横に滑らなくても…。
頭に来て、一気に追い越して、後のY子を見て『ヘヘン、ざまあみろ!』と前を見た瞬間、
地面がありませんでした。そうです、そこはくぼんでいて、崖になっていたんです。
『あ、飛んでいる、飛んでいる!』ブレーキをかけることは全くなく、私は崖から落ちたのです。
幸い、下は新雪でケガはありませんでしたが、スキーが刺さり、なかなか抜けきれなくて、もがいていました。
その様子を崖の上から見たY子は、なんと笑っていました…。そしておもしろいと、みんなを呼びよせたのです。
なんて奴だ。私にとっては疫病神です。その後の食事時も運転時も、絡んできました。

そのスキーの後に、その女性たちとは、ますます絶縁状態になったのはいうまでもありません。

そして、そのY子は、今も私の横にいて私の疫病神として活躍しています。
あれ?

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2008年2月18日 (月)

ドキッ!

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昨日、リヤカーマンこと永瀬忠志さんのテレビを見ながら、ブログをうった。このテレビの感想も重ねて書いたのが、昨日のブログです。正直、何か違和感を感じたのです。それを見事に書かれていたブログがanyanさんのブログでした。→
http://blog.livedoor.jp/anyan89zero/

昔、出身表明をするわが子に『絶対に泣くんじゃないよ』と言った母がいた。

よくいじめなどをなくそうと『いじめられている人は、どうな気持ちでしょうか』『その人は、どういうふうに悲しいと思っているのでしょうか』などと発問をする、ふざけた先生がいるが、ほんとうに真剣に考えているのだろうか。
そんな事を話しあわれている当の本人の気持ちを、本当に考えているのだろうか?

『かわいそう』で何かがかわるのだろうか?
その先には『あ~、自分でなくて良かった』しか残らない場合が多々ある。

ふざけるんじゃない!言っているお前たちよりも、当の本人のほうがずっと強いことの方が多いよ。

すみません。毒をはきまくってしまいました。(^^;)

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2008年2月17日 (日)

憧れと共感と

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最近、職場に泊まることも多くブログを更新できずにいます。
それでも今の私を頼りにしてくれる人がいて、その期待に応えようとするのは、身がひきしまる思いと、何かをしたいという気持ちでいっぱいです。自分が支えているというよりも、支えられている方がずっと大きいです。
最後には、祈りにもにた気持ちです。

自転車の方も、先日すごいなあという人たちとローラーをこぐことができました。

人を動かすものは何でしょう。

優越感でもなく、意地でもなく、欲でもなく、同情でもなく
憧れや共感でしょうか。自然と笑顔が出てくるような自分でいたいです。

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2008年2月 6日 (水)

生きる力

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よく学力とは、生きる力だと言われる。う~ん、生きる力をつけたいなあ。

昔、その職場に残れという上司に逆らって転勤をさせてもらった。行った先では、その職場の根幹をなす係の責任者になっていた。寝耳に水。その上司が、私を高く売りつけたらしい。『やれるものならやってみろ』ということらしい。

係会をやっても、誰も集まってくれない。その職場は2年前には、その係の研究では全国的にも知れわたった場所だった。しかし外で見るのと、中は大違い。皆が、その後遺症でもうやりたくないという雰囲気だった。そんな時間に係会をやる方がおかしいと怒っている人に食いさがって、一から教えを請うた。とにかく自分はどうしたいのかを見つめ、無我夢中になるようにした。そうすると、その方も自然と応じてくださり、その後はたいへんなつながりができた。40歳以上も年下の私に対して『私が学ぶことも多い』とまで言ってくださるようになった。日中は本当に大事な人相手の仕事に一心不乱になり、その後同僚や先輩との交渉時間、その後誰もいなくなってから係の仕事やその他の仕事をこなしていく。その仕事は、人には見せない。まだ他の方が残りそうだというときは、いったん帰って、朝の3時ごろに来てやり出す。だけどそれは人には絶対に言わない。なぜか自分でもわからないが、パフォーマンスだと思われたくないということと、自分が能力がないということを知られたくないということなのかもしれない。

そうして無理矢理でも場所をつくっていった。なれあいはするな、いつでもやめられる気概を持てというのが仕事についた最初の先輩からの教えだった。そう言った先輩が今でもその仕事についていて、私の方が本当にやめているというのは、だまされたのかどうか…。しかし、おかげで最初から自営だという気構えでいることができた。そのため、自分を磨くことのみに集中できた。たいへん楽しい思いもさせてもらった。自信もついた。考えてみたら、良いことばかり。

あ~、これだ!って感じ。

なぜ、こんな事を書いたのでしょう。周りにがんばってもらいたい人がいるから。そして自分も、これからがスタートだと思っているからでしょうか。

ムフフ。

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2008年1月26日 (土)

おめでとう!

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昨日、とても嬉しいことがあった。ご両親から、本人から、それぞれ電話があった。『進路が決まった』と、今年度第一号だ。
私は教育関係に従事している。彼と出会ったのは、ちょうど上の写真の子たちくらいの歳。それから6年間になる。
彼が言ったことがある。『よく○○先生には泣かされた』と…。私は答えを教えない、何回もヒントを与えるだけでつっ返す。それが本人にはつらい。
先日、彼が聞いてきた数学の問題に対して、難しすぎてつい夢中になり答えまで出してしまった。そのときに彼はニヤッとして『あ~、答えまで教えちゃったね!』と。しまった!つい調子にのってやっちゃった。6年間でほんとに一回か二回だろう。
その他、私は本人が前向きでないときに良く叱った。ほんとに良く続いてきたなあと本人に対して尊敬の念さえ抱いている。
正直、教えているというよりも教えられていることのほうが多い。中学生になると、私の予想の上をいっていた。
たぶん彼はこれぐらいの点数をとるだろう。そしてそこでカベにぶつかるだろう。そのときにもしかしたらやめちゃうかもしれないな。もっと彼にふさわしい場所ができるかもしれない。そのときは、笑顔で握手して送りだしてやろうと思っていた。しかし彼は、それを私の予想を上まわる速度で乗り越えた。その先を行った。進路も、中学2年生のときには自分で決めた。親御さんも私もびっくり。主体性をこれほど実践した子もめずらしい。人のせいにしない、状況のせいにしない、環境のせいにしない、苦しみながら楽しみながら乗り越えていく。人の価値観に振りまわされず、自分を見つめることができる。間違いなく一流の生き方だ。彼は、へたな大人をはるかに凌駕する。そんな子が私の周りには、いっぱいいる。きっと幸せになれるだろう。
教えられることの方がずっと多い。私も負けられない。そんな気持ちで、いつもいる。
どんどんと昔の貯金を食いつぶしているような危機感にとらわれることがある。このままじゃいけない。なんとか貯金をしなくては。そんな気持ちで、自転車のトレーニングをするときもしばしばだ。

おめでとう。あと2か月だね。きみをはじめ、3年生はきっとやりきるだろうと確信しています。

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2008年1月 8日 (火)

大鹿村

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長野県の大鹿村は、私の第二の故郷ともいうべきところです。仕事上の私があるのも、この地でお世話になったことが大きいです。また、今の生活の基盤になっているのもこの時の村の方の生活から学んだこともたくさんあります。

今週の木曜日の晩の8時からNHKで放送される

「おシャシャのシャン!」は、この大鹿村でロケをされて、
大鹿村がモデルです。

以下抜粋~
■演出のことば…NHKエンタープライズ・松浦善之助から

 最近「地方」に元気がない!
とよく言われます。
でも、ありました。元気な「村」が…。

 このドラマのモデルであり、ロケ地でもある長野県下伊那郡大鹿村
は、農村歌舞伎の世界ではちょっと知られた存在です。海外公演に
行ったり、無形民俗文化財に指定されたり。春・秋の公演には村外
から毎年多くの観客を集めます。取材や下見で訪れた私達に、村の
人達は皆、熱く"わが村の歌舞伎"について語ってくれました。子供の
ように無邪気で、とても元気でした。この元気を伝えたい!その思い
がこのドラマと向き合う原点だったように思います。撮影時も村の皆
さんの元気に助けられました。舞台公演シーン撮影の日、エキストラ
参加してくださった地元の方々は、寒空の下、丸一日一度もテンショ
ンが落ちることがありませんでした。感謝するやら、驚愕するやら!
出演者、スタッフ、そして大鹿村の人達の元気が詰まったドラマにな
ったと思います。

 このドラマが皆さんにとって、新年のスタートを元気良いものにする
ための"栄養剤"になってくれる事を願っています。

そうです。この大鹿村の方々は、皆役者です。本当にすごい方ばかり。
毎週のように、いっしょにお酒を飲み、いつも私だけがつぶされました。
一度もつぶれたところを見たことはありません。私が残業をしていたら、
メンバーが足りないとナイターソフトに呼ばれ、そのまま宴会へとなだれ
込み、その翌朝の早朝には、朝5時から今度は早起き野球です。
ゲーゲー言いながら、やっていたことが思い出されます。仕事の方も
最初はつらくて、出勤途中に何回か大鹿村から逃げ出そうという衝動
にかられたことも思い出されます。
ビバ、大鹿村。
なにもないかもしれないけど、でも大鹿村にだからこそあるものが確か
にありました。

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2008年1月 5日 (土)

今年の抱負

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たった、二日間の年末年始の休みだったが上の本をもう一度読み直し、原点回帰。
今年は、仕事と自転車の年にしたい。それが今年の抱負です。しかしなぜ自分は仕事をするのだろう、自転車をするのだろう。これを見つめ直すことは、やがてくるであろうマンネリやスランプ、各種の障害を乗り越えるためには絶対に必要なことだろうと思う。

私の場合は一言で言って『一流になりたいため』です。こう書いたらすごく偉そうだし、結果だけを追っているように誤解されるかもしれない。しかし言いたいことは、その対極にあるものです。
結果ではなく、その過程を大事にする人になりたい。もっといえばその過程を楽しめる人になりたい。こうやったらどうなるだろう。試してみてあ~そうか。だったらこうやってみようだとか。主体性、積極性、困難打破力、パワー、笑顔等々。

もちろん『なにがなんでもこういう結果にもっていってやる!』という意識は大事だと思う。しかしそこから発展して、ではそのためにどうしたら良いか、その過程ですごさを発揮できる人になりたい。
そうではなく結果だけにこだわるときに限って、努力不足だったり、人まかせだったり、人のせいにしていたり、まわりの環境や状況のせいにしていたり。そして最後には人に騙されてみたりするものだと今までの経験でそう感じている。
もし環境が自分をのばすためには不十分であると感じたときでも、ではその環境を自分が変えていくだけのパワーをもって変えていこうとする。それができないとしたら、自分がそれだけのものだったのだと思うようにしている。絶対的な生きる力をもちたい、その憧れみたいなものが、仕事をする、自転車をする自分のモチベーションとなっている。
最近特にう~んとうならせてもらっているのが、自転車の世界では超有名な筧五郎さんのブログ『何とか前に進む。』です。

そして最後には熱願冷諦な人になりたい。
上の本の登場人物の方々ではないが、自分があと半年しか生きられないと宣告されたときに、その半年を楽しむことができるだろうか。いえ一瞬でも生き生きとすごせるだろうか。今の自分ではとても無理だと思う。
でもそんな結果はすでに決まっていたとしても、それでも過程にこそ意義を見いだし、生きられる人になりたい。
そのような人が一流であると思う。

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2007年12月31日 (月)

帰郷したころ

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自転車以外のことに少し興味があるとリクエストが出ましたので、少し自宅の写真を載せます。北海道にはめずらしく吹き抜けで天窓です。これが居間です。しかも玄関でもあり…。我が家は常識はずれなことがいろいろとあっておもしろいですよ。
まず玄関がありません。ホントはあるんですけど、建てるときに『玄関はいりません』とお願いをしたのです。どうせ誰も来ませんからベランダから出入りしますと。建築会社さんは最後には『頼むから玄関を作らせてほしい』と言われたので、そうですか~ちょっとだけですよと申し訳程度のドアがあるだけなのです。そのドアのノブが壊れたときにその建築会社さんに連絡をすると『壊れるでしょうねえ~。今まで玄関として使ったことのないドアですから~』と言われてしまいました。アハハハ。
そこまで言うと玄関らしいものの写真が見たくなるでしょ?
また機会がありましたら、写真をアップしますね。
この玄関には良い面もありまして、ほとんど押し売りと言われる方がやってこなくて、煩わしくないのです。こんな玄関なのに、玄関フードを設置する勧誘すら過去一度もやってきません。すごいでしょ。あ、その反面、新興宗教の勧誘にやってくる方は比較的多いですね。
他にも、壁紙をなかったり、トイレのドアがなかったり…。
そうそう、自分の子が早起きになるための家づくりの仕方もあるんですよ。これで、毎日『起きなさい!』と親がガミガミと言うことはなくなります。家族団らんになる家づくりもね。

すべてに貫いているのは、世間体や見栄をなるべく考えないことでしょうか。そうすると、見えてくるものもあります。捨てることによって見えるものってけっこう多いのだなあと帰郷してから実感しています。
楽しいですよ~。

前の仕事をやめて帰郷したときに、周りからは狂人扱いをされました。(冗談ではなくて本当に)当時の北海道は北海道拓殖銀行が破綻し、不況の嵐。しかもほとんど首にならない公務員を自ら依願退職しての行為でしたから。そして無職のままの家づくり。
大学時代の仲間の何人かは、ぜひホームページでもつくって紹介してほしいと興味津々でした。『なぜそんなことができるの?』『どうしちゃったの?』という思いだったのでしょう。そして少なからず当時はリストラという言葉が異常に新聞などの紙面を賑わしていた時代ですから、余計に私たちの家族の行動は奇異に映ったのでしょう。
職を失うことは即、人生の敗者になるのだという風潮と私たちの家族の将来を重ねあわせ、本気で心配をしてくれた人たちも、たぶん多くいたでしょう。
しかし、本人たちは楽しくてしょうがなかったのです。負け惜しみでは決してなく。

またいつかこのプログでそんなことも紹介したいと思います。
あのときに友人からぜひホームページでもと言われたことを、今になって実現させることも良いかなと思っています。

あれから、ちょうど9年。
あっという間でした。

来年も良い年になりますように!

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2007年12月30日 (日)

迷う頃

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ようやく、家に帰ってこられた。この時期は仕事が終わるのが午後10時過ぎになることが多く、それから帰るとほんとに寝るだけになってしまう。その往復の2時間弱がおしくて、今年は職場に泊まりこみ、ローラーなどをこいでいた。
しかしむちむちが再発したようで、首が痛い。
写真は、まだ大掃除もまったくしていない自宅です。壁に飾ってある布はタイで買ったもの。数年前に帰郷した頃は、何かに迷っていて、それが何なのかを見つけるために、ずいぶんと本を読んだり、いろいろな所に行ったりした。タイに行ったのも、主に人を見るためだった。ほぼ10日間、ぶっとおしで歩いた。所かわれば、こんなにもかわるものか…。印象としては、ほんとに正直に生きているのではないか。生きること、自分の欲求に正直であること、そのエネルギーにあふれていた。

今年一年も暮れようとしている。みなさんにとってはどうな年だったでしょうか?
よいお年を。

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2007年12月17日 (月)

冬の来客

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また雪が降りました。これは我が家の庭に来た来客です。はじめは野鳥のためにひまわりの種をあげていたのですが、いつしか…。

今年は動物だけでなく、私たちも一冬を越すことに危うさを感じてしまいます。
それは、灯油やガソリンの値上げ。
今年は、豆炭こたつを導入しました。本州からとりよせ、天板は近くのホームセンターでベニヤ板を切ってもらって。豆炭は良いですよ。朝つけたら夜までぬくぬくです。(燃料費も、ウソ~というくらい安いですし)本州の田舎の家庭に行ったときの薪ストーブを思い出してしまいました。暖かさが独特なんですよね。
相変わらず、人と違うことをやっては楽しんでいます。

あ、それと前回の補足で、減量しようと私が思うきっかけになった本を紹介します。
石川恭三先生の『カルテの裏側に』他です。この先生の本は、ほとんど読みました。人によってはウエット過ぎると感じるかもしれませんが、私は仕事の種類は違えど、自分がやってきた事とオーバーラップして、共感できました。糖尿病などになった患者さんも何人も登場し、考えさせられます。病気を治すだけではなく、その人の生活や価値観まで深く洞察をし、関わっていこうとする。それができるのは、それが許されるのは、相当な覚悟と努力と資質が必要です。機会がありましたら、ぜひ!

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2007年12月16日 (日)

減量

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1年間で25㎏ほどやせました。しかし最近の体重は、いったりきたり。
体重を減らすことも大事だが、もう少しふみこんで肉体改造をしたいと思っています。
例えば、体脂肪を減らすこと、特に必要な筋肉をつけること、体を柔らかくすること等々。

そしてそろそろ自分が食べている食品について、勉強をし直したいと思っています。
ということで、とりかかりとしては手頃な上の本を読ませていただきました。

まず現状認識をすること。そして手だてを考え、実行し、その結果について検証すること。
そして何よりもそのプロセスを楽しむこと等々、共感できることは多々ありました。
当たり前のことなのだが、これがなかなかできないのですよね。

私は、主に若い人と関わる仕事をしていますが、見ていると良くわかります。現状を直視できる人は、必ず変化しています。そして人のせいやまわりの環境のせいにしない人、主体的な人、楽しむ人の変化する度合いは大きいです。

私も自分が減量をしているときは、『自分は人を変えるプロだと思っているくせに、自分を変えることもできないのか』『お前は口だけだ』等々と言い聞かせながら、トレーニングをしていました。自分が仕事にこだわりを持ちやすいタイプだ、意志が弱いタイプだ、スポーツの中では登山や自転車に乗ることが好きだと自己分析をし、それに応じたことをやっていました。また、ほとんど炭水化物中心の食事であることも肥満の原因だとわかっていました。
そのため私の場合は、炭水化物ダイエットとなるべく軽い長時間の運動を併用し減量に取り組みました。


その副産物として自転車のロードレース上での、自分の強みにもなりました。知らず知らずのうちにLSDトレーニングとなっていました。
はじめ、オホーツクサイクリング、ツールド千葉等々の各種のサイクリングの大会に出場しましたが、ほとんど苦しくないのです。どんどん前の方に行きたくなる、もっともっと負荷をかけたいという気持ちになっていく。なぜなんだろうと不思議でした。
自分がどこまでいけるのか試してみたいという気持ちになりました。それがこの年齢でロードレースに参加してみようという原動力となりました。変われば変わるものです。昔は自転車の雑誌を読んでいても、旅関係の部分ばかりでレース関係は全く読み飛ばしていました。
冷静に考えると、レース結果表を見ると、そのクラス(初級者クラス)では私だけが一回り以上も歳が上なんですよね。だけど、自転車に乗っているときは全く歳を考えていません。今いるチームの仲間といるときもそうです。休憩などをしていると、たぶん私が一番子供っぽいと思います。だからこそ、私の場合は自転車だったのでしょう。私がレースなんておそれ多いという気持ちは、もちろんありますが、でも私でさえやっているのですから、みなさんもどうですかという思いがあります。(いっしょに走りませんか!興味のある方はここへどうぞ→
http://www.attic-bike.com/  )

横道にそれてしまいました。
減量するためにはどうしたら良いか。
自分を知ること。なぜ減量をしたいのかを自分に問うこと(一つだけでなく多い方が良い)長期的な目標と、短期で具体的な目標を立てること。もちろんそこには自分の楽しみも加えること。具体的な手だてをもつこと。記録と見直しと修正をしていくこと 等々かな。

私の場合、現在は減量が目的ではなく、サイクリングで楽をしたいため、ロードレースである程度の結果をだしたいがための減量になってきています。この良さは、リバウンドが今のところないことです。なぜかってレースなぞやっていますと、私よりも強い人の方が圧倒的に多いですから。常になんとかしたいという気持ちをもっていられます。

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